高校への進学をめざす中学生のみなさんにとって、志望校選択は大変に重要なテー マであり、それだけに時間をかけ、慎重に行わなければなりません。現実に入試で学 力試験が実施され、その成績が「合否」に大きくかかわってくる以上、高校の合格難 易度(合格ライン)と自分の学力レベルを客観的に、かつ的確につかんでおかないと 思わぬ失敗を招くことになります。だから適切な志望校選択をするためには、まず大 きな集団(母集団)のなかでの自分の学力位置をきちんと知っておくことが大切なの です。

さて、学力を測定する値として「偏差値」ということばをよく耳にしますが、「偏差値」 とは、いったいどんなものなのか、どのような意味を持っているのかなどについて具 体例をあげて説明しましょう。A君は高校受験をめざす中3生です。彼は7月にある 模擬テストを受験し、5教科合計点が500点満点中の350点でした。再び9月に 模擬テストを受験しましたが、その時の5教科合計点は385点で、前回よりも 35点アップしたのです。この2回のテストでのA君の得点をみる限りでは7月より9 月の方がよかったわけですが、これだけのデータではたしてA君の学力は「伸びた」 と判断できるでしょうか。答えは「ノー」です。なぜなら各回の受験生全体の平均点 がわからないというのがひとつの理由です。 もしも【図1】のように7月のテストの平均点は340点、9月のそれは395点だったとした ら、A君は7月のテストでは平均点を上まわる成績であり、9月では平均点以下の得 点ということになります。受験生全体のなかでいえばA君の成績は7月の方がよかっ たのです。(上図参照)
このように試験問題の難易度の目安となる平均点を無視して単に得点のみを比較す るだけでは的確な判断はできません。では平均点さえわかれぱよいのか。「いいえ」決 して十分ではありません。学力の位置を的確につかむためには、平均点のほかにも重 要なファクターが必要なのです。それは、ひとつのテストを受けた受験生全体の得点 のバラツキ具合いです。
仮りにA君が7月と9月に受けたテストの平均点はいずれも300点だったとします。 この場合、平均点は同じなのですから高得点をとった9月のテストをみて、成績がア ップしたと考えるのは普通でしょう。ところが得点と平均点だけで、そう判断するの には無理があります。すなわち先述の受験生全体の得点のバラツキ具合い、分布状況 がわからないからです。これを表すのに「標準偏差」という尺度が用いられます。
そこで「標準偏差」について説明することにします。数多くの受験生が参加した学 力テストを集計しますと、その得点分布にひとつのパターンが生じることは古くから 知られています。これが、正規分布曲線と呼ばれるもので、もともと数学の確率の分 野で研究されていたものです。それが「近代統計学の父」といわれたベルギーの天文学 者ケトレーによって初めて一般統計学に適用されました。ケトレーは自然的、社会的 ないろいろな現象のなかには、その観測結果が正規分布するものが少なくないが、分 布のヤマの型(すその幅の広さ、山の高さなど)は観測の種類によって異なること、 観測値のバラツキ状況に、一定のルールに従って処理をほどこした数値を用いれば、 平均点からの離れ具合いと、その出現率の関係を算出できることを発見したのです。 この観測値をもとにして生まれてきたのが「標準偏差」というものです。
学力テストの場合、標準偏差は次の式から求められます。



概念的には、得点分布の右端から左端までの長さを5〜6等分した時の長さ(点数幅) が、ほぼ標準偏差の数値になります。だから分布曲線のヤマのすその幅が広いという のは、標準偏差が大きいことであり、それは、そのテストを受けた受験生の集団の成 績に大きなバラツキがあることを表しています。反対に標準偏差が小さいということ は、受験生集団の成績が平均点の近くにかなり集中していて、学力格差が少ないこと を意味しています。
次はいよいよ「偏差値」ですが、端的にいうならば、「偏差値」とは、このようなヤ マ型の得点分布のなかで平均点と標準偏差の2つの条件を用いて、基準を同一にして (ヤマの型を同じにして)各受験生の得点から導き出された“全体のなかでの学力位 置"を示す値です。中心のポイントを常に50と定め、ヤマ型のすその幅の広い、狭い を標準偏差を使って、同一基準に変換し、テストの受験生全体の学力分布の中央の部 分から、どれくらい上位、あるいは下位に偏っているかを推し計っている数値なので す。当然のことながらヤマ型の中央に近い部分ほど、そこに含まれる人数が多いわけ ですが、偏差値50を中心にして、75から25までの間に母集団の約99%が入ってく るのです(一番下の表参照)。 ちなみに、偏差値を導く 公式は、



となります。
前述しましたように、 「偏差値」とは、バラツキのある得点分布のなかで中心から、どれくらいの分量で偏っているかを表す数値です。従って「得点」や「順位」のような加算的な数値ではないのです。成績をいつも同じ基準で表現できる最も利にかなった「モノサシ」といえるでしょう。さて、話を元に戻してA君の7月と9月のテストについて考えてみます。テストの平均点は2回とも300点(500点満点)でしたが、標準偏差は7月が50点、9月が85点だったとします。 7月のテストでは受験生全体の得点が平均点近くに集まっていて、9月のテストでは得点がかなり幅広く散らばっていたことは標準偏差の違いからも明らかでし ょう。【図2】を参照してください。そこでA君の偏差値を求めますと、

7月のテストの偏差値
9月のテストの偏差値


つまり、7月も9月も平均点が同じで9月の得点の方が35点もアップしているに もかかわらず、偏差値はいずれも60となり、受験生全体のなかで相対的にみた学力の位 置は同じであったと判断するのが妥当なのです。
テストごとに受験生の人数や顔ぶれが変化し、成績も変動して、得点分布も変わる のに絶対評価や順位を用いるよリも、偏差値によって相対的に評価する方が、ずっと 客観的であり、的確に自分の学力の位置がつかめることがおわかりいただけたでしょ う。偏差値を用いることによって、教科ごとの成績比較も容易にできます。たとえば 自分は数学より英語の方が受験生全体のなかでは上位にいるといったことの判断も可 能です。
こうした利点を考え合わせると、志望校選びにあたって、その高校の難易度、つま り例年その高校を受験する生徒の学力レベルや合格ラインと、自分の学力を「偏差値」 によって比較検討することができるわけです。ただし、たった1回のテスト結果だけ で全てを判断しようとするのは大変に危険を伴います。データは正確さと同時に、多 いほど判断基準として有効なのですから模擬テストなどは何回か受験し、それらの結 果を総合的にみて自分の学力を冷静に判断し、志望校への合格の可能性をさぐってい かねばなりません。もともと学力などはたった1回のテストで全て測定できるという ものではないのです。限られた時間と出題内容のなかで、頭脳に蓄積されたいろいろ な知識や応用力などを全てにわたって引き出して判定することなど不可能です。テス トというのは、学力のほんの一部分を無作為に抽出して測定していることになります。 いいかえれば一部分を測定することで全体を推測しているわけですから、テストのた びに成績が変動するのは当然のことです。 しかしテストの回数を重ねていくと、表れた成績に個人差はありますが、一定の出現 パターンのあることが解明されています。

【図3】は人間の頭脳のなかの学力を偏差値という数値の異なる球によって詰めかえられ た模式図です。この図の場合、低い方は偏差値○53から高い方は○67までの球がぎっしリ と詰まっています。入試や模試では、このなかから1個の球を取り出して測定するよ うなものです。高い方が出るか、それとも低い方が出るかの予測は困難です。その日 のコンディションや出題内容など様々な因子が偶然的に重なり合って1個の球が取り 出されるのです。とはいっても一定の法則があって○53や○67のような極端な球はほとん ど出てきません。詰まっている球を並びかえて整理したのが【図4】です。これをみれば 明らかなように、いちばん多く出る確率の球は○60です。ついで○59と○61、つぎが○58と○62 ………という具合いに、それぞれの球が出てくる確率がおよそ決まっています。でも1 回だけのテスト結果では、高い方の球が出ているのか、低い方の球が出ているのか判 明しません。テストによる測定を何回かにわたって行う理由はそこにあります。一般 的にテストのたびに偏差値が変動する揺れ幅は、±3ぐらい。すなわち、この範囲内で の揺れ幅は学力的なアップ・ダウンというより、その日のコンディションや出題内容 などのファクターに左右されると考えるべきでしょう。

もう一度、【図4】をみてください。この場合頭脳に詰まっている偏差値の球は○60が最 も多く、入試において期待できる学力レベルは○57〜○63と考えられます。○56以下や○64以上が出る可能性もありますが、その確率はかなり低くなります。
こうした観点に立って、まず○57〜○63が自分の学力レベルであると考え、志望校の難 易度と突き合わせて検討していくのが妥当です。しかし、実際の入試では、偏差値の 高い生徒が不合格になり、ずっと低い生徒が合格することもしばしば起こります。偏差 値には揺れ幅があって、決して絶対的なものでないのですから、こうした現象は当然 起こりうることなのですが、模試を受けた受験生の平均偏差値と実際の入試での合否 結果を追跡し、集計したのが【図5】のグラフです。ヨコ軸は受験生の平均偏差値を、タ テ軸は人数を示しており、黒い部分が不合格です。受験生の学力分布は偏差値52〜69 まで広がっていて中心は61,62です。この図でみると54でも合格しているし、60のレ ベルでも不合格者が出ています。何度もくり返しますが、偏差値には揺れがあり、入 試当目、運よく力以上の答案を書けた生徒は、模試では54だったけれども入試では合 格をはたしているし、60で不合格になった生徒は、コンディションが悪かったとか、 不得意な分野からの出題が多かったとかいった理由で、日頃の実力が出し切れなかっ たと考えるべきでしょう。
つぎに、この学 校の合否のボーダーラインですが、合格者数が、不合格者数を上まわったところの偏 差値とみれば、57となります。このレベルが合否の境界線すなわちボーダーラインの 目安と考えてよいでしょう。と同時に、偏差値61以上のなかからは不合格者は出てい ませんから、この高校の安全圏は61以上とみることができます。 自分の学力位置を知り、また志望校の合格難易度を推測するのに有効なデータとな る偏差値について説明してきましたが、偏差値とは何か、その正体を正しく理解して 志望校選びのデータとして利用していただきたいものです。もちろん進路選択は学力 レベルだけで決めるものではなく、個性、適性、将来設計、交通の便などいろいろな ファクターを組み合わせて行わねぱなりません。とくに私学の志望校選択では教育方 針、校風などその高校の個性をしっかりとつかみとってください。。



株式会社 大阪進研
(参考文献 桑田昭三著「偏差値の秘密」



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